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long long ago !

 その昔、光源氏のモデルになった源融は、遠く陸奥塩竈に思いをはせ、それを模した日本庭園を京都六条河原院に造った。
 そして、彼の別荘地だった場所に、平等院が建った。

 奥州藤原秀衡は、平等院鳳凰堂に思いをはせ、模した寺院を平泉に造らせた。

 その場所がここ..無量光院........跡。

Photo

 いや、なんていうか発掘調査をする前までは、田んぼでした...みたいな雰囲気なんですよ。中央の木のあるあたりに建物があって、周囲は池になっていたようです。

 この写真から、下のような絵を思い浮かべるのは難しいよねぇ~。

Photo_2

 看板には、この絵に添えて説明文がありました。

特別史跡無量光院跡

 無量光院は三代藤原秀衡が建立しました。モデルは宇治の平等院鳳凰堂。鳳凰堂は、「極楽を疑うならば宇治のお寺をお参りしなさい」と子供にまで唄われました。無量光院もまた仮想の極楽浄土です。両寺院とも本尊は阿弥陀如来像。西方に極楽はあり、その主は阿弥陀如来なのです。春秋彼岸の頃、無量光院の正面に立つと、西方にある金鶏山の真上に日が沈みます。入日の中に阿弥陀如来が浮かび上がる様子は、まさしく秀衡が思い描いたこの世の極楽浄土だったのです。

 さらに、奥州藤原氏を滅ぼした源頼朝。平泉の豪華絢爛な二階堂大長寺院に刺激を受けて、模したお寺を建てた。それが鎌倉永福寺跡(→内部リンク)。

 塩竈 - 京都 - 平泉 - 鎌倉。文化が、お互いに刺激しあってたんですね。

= リ ン ク =

●鎌倉永福寺(ようふくじ)跡(→リンク

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