« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月の17件の記事

夏の花

夏の花

ひまわりと言っても、
最近は色々な種類を見かけますね。

鬼。

鬼。

こちらはオニユリ。
やっぱり鬼を連載する色合いと模様ですよね。

山百合の季節。

あちこちに、山百合を見るようになりました。

Photo

大きな花を開いていて、土手に咲いていました。
暑い暑いと思っていたら、突然涼しくなった先週。
どうも今週も、あまり暑くならなさそうです。

リベンジ!

リベンジ!

合歓木の花………

木の上のは、ケータイでは難しく、
地面に落ちていたものを。

空を見上げながら薄いピンク。
地面に落ちたのをよく見ると、結構濃いですね。

しかも、周囲に向かって薄くなっているように見えたけれど、
実は逆で、周囲に向かって濃くなっているんですね。

ねむねむ

ねむねむ

なにを撮ったのか?的写真ですが、
合歓木です。

この花、淡い色で、
白からピンクになって、
花の毛先が広がると輪郭もはっきりしなくなり、
全体的にふわふわした感じ。

やさしい花のイメージにぴったりで、
かなり好きだったりします。

花は夕方に咲き、
葉は夜に閉じる。

あー、なんだか眠くなってきたなぁ〜。

そろそろおしまい。

そろそろおしまい。

そろそろおしまいのあじさい。

梅雨が終わって、なんだかずいぶん経つような……

星のあるあじさいが、最後の力で咲いているようでした。
ほわっとした丸いあじさいもいいけれど、
こういう真ん中に花がたくさん咲いているあじさいも
いいものですね。

葵

夏らしいですね、立葵が咲いていました。

毎日暑い日が続きます。
梅雨明けが早くて、そろそろ8月くらいかなと体が勘違い。
まだ7月中旬なんですよね。

やはり早すぎたのか、
いまいち元気な蝉の鳴き声が聞こえない。

今年の夏は早く過ぎて行くのか、
それとも残暑厳しくなるのか、
すでに気になりはじめています。

飛行船

飛行船

この飛行船を見るのは、何年振りか。

東京にいる頃、仙台に帰ってきた直後。
そして今日。

ゆっくりと空に浮かび、
被災地の海岸線を飛んでいました。

仙石線

仙石線で、石巻に行くのはテンションがあがった。
地下鉄のごとく、都市部は地下を走り、
地上に出たら田園地帯を走り抜ける。

松島湾では、海と並行したり、山の中を走り抜け、
漁村に別れを告げたら、運河沿いを走りまた田園地帯へ。

民家が密集してきたら、そこはもう石巻。

簡単に言うとそんな感じ。
仙台という都会から、多賀城、塩竃、松島、東松島、石巻と
走っていくわけで、車窓の眺めが豊かだった。

車両が田舎では珍しく、山手線のようなタイプで、
窓際にロングシート。
直流車両独特の、うなりのある走り出しと、
線路はリズミカル。

今、仙石線は、仙台・あおば通から高城町(松島)まで。
明日から、石巻と矢本(東松島)の間だで運行が再開されるそうです。
いわゆる「電車」が走っていた区間だったのに、
残念ながらディーゼル車両だそうです。

未開通の高城町から矢本は、海沿いに走っていた区間だったこともあり
沿線の被害が大きくて復旧にはまだまだ時間がかかるそうです。
海とホームの間に電車が入りこむ駅も、
走る線路のルートを変更するかどうか…という、
復旧云々以前の問題。

あの、静かな海沿いを走り抜けのどかな雰囲気を、
もしかするともう楽しめないのかなと、
ちょっと残念だったりします。

まぁでも、分断されていても仙石線は仙石線。
復旧を諦めるという話がでてこないだけでも、感謝かもしれません。
いつの日か、また仙石線でテンションを上げながら、
石巻に向かいたいものです。

季節と一日。

昔を思い出してみると、
うちにはエアコンというものがなかった。
東北の太平洋側は、比較的夏が涼しいので、
扇風機で事足りていたのかも。

でも、よーく思い出してみると、
相当部屋が暑くて、逃げ場もなかったような…。
もうおぼろげにしか覚えていないけれど、
暑さから逃げることなく、足を水で冷やしながら勉強したり、
いろいろと工夫していたと思います。

「エアコン」という文明の利器とは、
あまり接することなく社会人になったオレは、
東京に行って寮に入り、
部屋にエアコンが完備されているのを見て
小躍りして使いまくってたなと。

寮のときも、寮から出ても、
やっぱりエアコンの空気の中で、生活してました。
あの空気が苦手だという人も多いですが、
オレは大好きでした。
まぁ、要するに「我慢」が嫌いだったってことでしょうね。

世の中進んで、エアコンを使い、電気を使って、
夏を乗り切るようになりました。
電気が無尽蔵にあるなんて、幻想の中で生きてきて、
今年の「節電」は夢から醒ましてくれたものだったのかも。
地震、津波が、電気にまで影響してくるなんて、
恥ずかしながら想像もできませんでした。

以前は、どうしても必要なものじゃなかったのに、
今では夏を乗り切るためにはどうしても必要なものになってしまった電気。
無理して節電する必要もないと思いますが、
一度立ち返って見る時期なんでしょうね。

電力会社も大変だろうな…
「節電」というキーワードが広がると、昼夜問わず節電してしまう
ことなんじゃないかなぁ~と思ったりして。
本来、節電して欲しいのは、平日の日中で、それ以外の時間は、
がんがん使ってもらって昼間の節電分を取り戻したいんでしょうけど。
世の流れはそうはいかないもの。
みんな、主に夜に使うLED電球に変更したりしてる。

うちもLED電球に変更し、必要な場所だけ明るくし、
それ以外の場所は少し薄暗くしています。
そうやってみて思ったけど、
やっぱりこれまで明るすぎたなと…。
夜は夜で、少し暗くしてみるのもムードがあっていいなと
再認識した次第です。
テレビの輝度も今までより暗くしても、
全く問題ないですからね、これだと。
夏は暑さを、冬は寒さを…と、季節を楽しむのと同様に、
昼夜の変化も大きくするのもいいものです。

ま、夜にムーディーにしたところで、
雰囲気だけなんですけどねぇ~。
よかったことといったら、
薄暗いせいでどうしても眠くなっちゃって、
早寝早起きが身についたことくらいかなぁ~。

夕暮れ。

夕暮れ。

仙台の西には泉が岳と言う山があって、
登山ができたり、スキーができたり、憩いの場になっています。

今日は、きれいな夕焼けで、山が燃えるように真っ赤になっていました。

桔梗。

桔梗。

自転車に乗っていたら、見つけた桔梗。

このツボミ、どうもプチッとやりたくなる。
色付く前の方が、いい音がなる。

ポンッ!

月見草。

月見草。
月見草だと思っていたんですけど、
よく考えたら昼に咲いているので違うのか………

と思ったら、昼咲月見草って言うのがあって、
この花でした。

太陽に照らされて、いい色してます。

月を見ると言うより、
日を見ている。
月が出ていない日中に咲くのに、
月見草とはこれいかに。
昼に咲くのだから、月見はおかしいと、
屁理屈が頭の中を巡ってしまった。

袋小路の道。

ホームセンターへ行った帰りのこと。
いつもの道より一本前の道を曲がることにした。いつもと違う道を自転車で走る。

いつもの帰り道は、比較的車の通りがある道で、そこがどこか別の大きな道につながっていることが分かる。
しかし、それより一本前の道は、広さはいつもの道と同じではあるが、車の通りがほとんどない。

そこで気がつくべきだった。
その道が、広い通りに出るにはやっかいであることを。

進んでいくと、板塀で挟まれた古い住宅街に入り、道は右へ左へ、小さな道がいくつも分岐していく。
駐車している車の下で、猫が眠っているのを目印にして、さらに細い道へ。おじさんが、すててこ姿でタバコを吹かし、家の中でおばさんが扇風機で涼んでいるのが目に入る。湿潤な空気の中に紛れ込んでくる懐かしい臭いは、蚊取り線香か。

と、道路の真ん中に放置されている多数の子ども用自転車を通り過ぎると、そこは袋小路だった。
よく見ると、道路で遊んでいる子がたくさん。板塀と板塀の間の小道から、奇声をあげながら飛び出してくる。
彼らは賢い。ここまで車が入ってこないことを、ちゃんと知っているのだ。

蚊取り線香、タバコおやじ、猫と戻って、さらに別の道へ。
カルガモの泳ぐ小川沿いに走り、小さな橋を渡ったら前方は、3つに分かれている。そして目に入った看板は「この先行き止まり」。。車は、全く見当たらない。
中学生が歩いてくる、やはり家と家に挟まれた小道を無視して、左側の道へ。やっぱり通れない。袋小路。戻って、右の道へ。やっぱり袋小路。しょうがないので中学生がやってきた道をゆっくりと進み、、すれ違った。目の前で自転車の人が右往左往している様子を、彼はどう見ていただろうか。

もう完璧な不審者状態だ。
かごには6リットルの土などもろもろを大量に乗せ、あっち行ったりこっち行ったり。
昭和の香り漂う、迷路のような住宅街を30分ほどさまよい、やっと整備されたマンションの建ち並ぶ見慣れた一角に出てホッとした。

家の近所にこんなところがあったのかと、いかに自分がいつも無意識のうちに同じ道を通り、世界を狭くしているのかを知った。。
整備されて見通しがよくなった新しい街は、見通しもいいけれど、安全になったのかどうか。「無関心」さが産み出す危険があるような気がする。一方で、古い昔からの街は、見通しが悪いけれどそこには住んでいる人の目があって、見慣れぬ人間をどこかから見ている街への「関心」があるように思えた。

なぜか嬉しい。そんな場所があること。
世界のどこかを旅して、見知らぬ街を歩いたときより、近くにこんな場所があることが嬉しい発見だった。
もうたぶん、同じ場所には二度と行けないかもしれないけれど。

土を買いに。

観葉植物の鉢が地震で割れてしまって、水をやってもすぐに横から漏れ出し、気の毒だったので植え替えをしてやったんです。
いつの間にか大きく育ってしまった4株のオリヅルラン。空気清浄効果の高い観葉植物だそうです。

1つの鉢に植えられていた4株は、2株ごとに分け、2つの新しいプラスチック製の割れにくい鉢へ。
ところが、ところが今度は土が足りない。土をがちがちに抱え込むように太い根が伸びていて、なんとかほぐしてはみたものの、新しい鉢では根が半分以上も露出状態になり見栄えも悪いし、吸収も悪そう。

急遽、土の手配!ということになったわけです。

ふと考えると、土はどこから持ってくるものなのか...ということになったのです。いや、もうその辺にたくさんある。田舎育ちの自分は、どこぞから持ってくることしか頭に浮かばなかった。そもそも実家だと、庭があったし。

ただ、ここではそうはいかぬ。どうするか。
公園から? いや、公園の土はネコやらイヌやらの糞尿が混ざっているような感じがするし、衛生上よろしくない...そもそも、土と一緒に未確認生物の卵なんか持ち帰ってしまって羽化してしまい、ある朝起きたら未確認生物に囲まれていた...ということもあり得るのではないか。

結局、現代人らしく「買う」という方法を考え出したわけです。そう、お金で買えないものはないのです。その辺にあるような「土」だってきっと購入できる!

どこで?

ど、どこで買えばいいのだろう? 次なる疑問。やっぱりデパートかしら? カブトムシも売ってるし。いや、スーパーではないのか? 西友とか、マルエツとか、生協とか。でも、見たことないし...、とすると、ネーミングに逆らうようになんでも売っているドラッグストアか?
瞬間的に頭の中を巡ったのは、上記の通りで、結論としてはホームセンターに落ち着いたのです。
ただ、肥料が売っているのは見たことあったけれど、土が売っているのかどうかは自信が無かった。

今日、淡い期待を胸に抱き、自転車で駆けつけた次第です。
売ってました。「観葉植物用の土」。
変な虫が出てきたりしないだろうなぁ~と、少し注意深く近より、じっくりと確認すると、ある大きな問題にぶち当たりました。
売っているのは、「6リットル」の土。土って「リットル」で量るものなのかぁ~と感心しながら、自転車に積めないような袋で躊躇。
スーパーで売っている米でさえ、5キログラム以外に、1キログラムだって売っているのだから、土だって2キログラムぐらいに小分けされたのが売っているはず!と信じて疑わなかった自分は、店内をあちこちうろうろして探したけれど、結局見つからず。

植え替えの心配より、余った土の処分方法の心配並びに、自転車でもって帰れるかという心配をしつつ無事、目的は達成したのであります。鉢の底に入れる、石も買ってしまいましたが...。
補足しておくと、普通の自転車だとかごに入れられます。が、オレの自転車はちょっと小さめなのでかごが小さいんです。

で、無事、土の入れ替え終了。こんなに土をいじくったのは何年ぶりかしら的試行錯誤で、気がつけば部屋の中は床に落ちた土が散乱しておりました。

オリヅルランって、今の時期は日中だけ小さな白い花を咲かせていて、その周辺から株がでてくるんですよね。で、その株を土に植えると、すくすく育つんですよ。
つい先日まで株は放置していたんですが、先日摘み取り、鮭フレークが入っていた小瓶に水を入れて差してたんですけど、これがまた「枯れるってことがあるの?」ってな勢いで育ってまして。
とても強く、少々のストレスで枯れたりしないようなので、安心です。

このままハイドロカルチャーでしばらく頑張ってみるか、それとも土に植えてみるか考えていますが、この生命力の強さで、そのうちオリヅルランだらけになったらどうしようといらぬ心配をし始めています。
期待するのは、空気清浄効果か...

今。

今。

湖。今昔。

NEC_3268

ずいぶん前に撮った写真です。

静かな湖面には空がくっきりと移り、水辺は野鳥の宝庫。野鳥観察ができるように、周囲の環境に合わせた木材の小屋が作られ、周囲は遊歩道が作られていました。

NEC_3266

鳥やってくるし、魚もいるし、楽園のような場所でした。

この湖が、昔の津波によって作られたものであることを知っている人は少なかったし、「津波でできた」ということを記した表示もありませんでした。
ここ、「津波でできた湖なんだよ」と話しても、みんな半信半疑だったし、自分も半信半疑でした。
津波の被害を見たことがない自分としては、「津波湖」というのは異様で、「津波」と聞いたらまず頭に思い浮かぶ場所のひとつでした。
「風化」って怖いですね。いつしか、記憶から消し去られ、「楽園」のように見せてしまう。そこにはまるで危険がひとつもないように。
よく考えればそこは、道路と小さな松林を隔てれば、長い砂浜だったんですが。

今回の津波で、この小屋もなくなり、遊歩道もなくなり、道路もなくなって、まさしくここは海になりました。
この先にあったのは広い田んぼと、集落でしたが、田んぼもまた海と一体になり、集落は多くが流されてしまいました。

のどかすぎて、やっぱりそこは「楽園」のようで、「楽園だなぁ~」と感じたときと同じ風が吹いている今、「楽園だなぁ~」とはゆめゆめ思えない風景が広がっています。

地図では、このあたり(⇒google MAP

それまでの「楽園」のような現実と、それ以後の現実。ひっくり返ってしまいました。

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »